これからの1000年を紡ぐ企業認定
Sep 13.2023

約160年前の印刷技法を絶やさないために、最新のデジタル技術との融合に挑み続ける「便利堂」

コロタイプという古い印刷技法をご存知でしょうか。現在では、私たちが普段目にするチラシやパッケージはほとんどがオフセット印刷で刷られており、コロタイプ印刷を行う会社は世界に2社しかないそうです。そのうちの1社が、「これからの1000年を紡ぐ企業認定」第7回認定企業の株式会社便利堂です。明治20年の創業以来、学問・芸術・宗教の分野で挑戦を続けてこられました。本社の一角にあるコロタイプ研究所を訪問し、所長の山本 修さんにお話を伺いました。

約160年前の印刷技法を絶やさないために、最新のデジタル技術との融合に挑み続ける「便利堂」

世界で唯一、コロタイプのカラー化に成功した

── コロタイプの印刷物を見たことがない方も多いと思うのですが、どのような特徴があるのでしょうか?

コロタイプは、1855年にフランスで発明された世界最古の写真印刷技法です。明治時代から大正、昭和中期にかけて一般的に使われていた技術で、私の小学校の卒業アルバムは白黒のコロタイプ印刷でした。中学校のアルバムはオフセット印刷になっていたので、1970年代半ばが転換期だったようです。やがて技術が進歩してカラー印刷が当たり前になり、単色刷りのコロタイプは使われなくなっていきました。そんな中、便利堂はなんとかコロタイプでカラー印刷をしようと奮闘したのです。コロタイプは、ゼラチンをガラス板に塗り、ネガを焼き付けて版を作ります。今のようなデジタル技術はありませんから、当時は全てが手作業でした。ネガフィルムから1ヵ所ずつ色を拾って鉛筆で描いていくという途方もない作業を繰り返し、数ヶ月かけて版を作っていたそうです。

私は18歳で便利堂に入社したのですが、先輩たちのコロタイプへの誇りをひしひしと感じたことを覚えています。印刷物をルーペで拡大して見るとわかるのですが、オフセット印刷は網状の点で構成されています。コロタイプには網点(あみてん)がなく、なめらかな濃淡表現ができることが特徴です。

その分、研究対象としても価値が高いので、しばしば国宝や重要文化財の複製に使われます。ただ、どうしても費用と時間がかかるので、最近は文化財複製の分野でもインクジェット印刷が普及してきました。世界的に見ても、会社の事業としてコロタイプを続けているところはうちを含め2社しかありませんし、カラー印刷ができるのは弊社だけです。

100年前と変わらない印刷をしながら、最新のデジタル技術を活用

── 便利堂さんは、昭和の時代にコロタイプのカラー化というイノベーションを起こし、その後も新しい技術を取り入れて事業を進化させ続けているという印象を受けました。

工程の最後、刷るところの技法は、100年前と何も変わりません。道具も、創業時からずっと使っているものがたくさんあります。一方でその手前の工程には、Adobeの画像編集ソフトなど最新技術を積極的に導入しています。以前は、デジタル化の波を恐れていた時期もありました。デジタルカメラが普及するにつれて、コロタイプに必要なアナログ大判ネガフィルムの生産量が減っていって、このまま無くなってしまうんじゃないかと心配で。でも、今は考えが逆転しましたね。デジタル技術によって作業の生産性が上がり助かっていますし、デジタルだからこそできることなど、コロタイプの可能性が広がっていると感じます。コロタイプは、古いから素晴らしいのではありません。本質的な価値を残すためには、新しい技術と共に進歩していくことが必要です。便利堂が現在までコロタイプを続けてこられたのは、常に新しいことに挑戦してきたからだと思います。

── 創業時はどのようなお仕事をされていたのでしょうか?

明治20年に新聞の取次や書籍の貸出・販売から商いが始まって、広告デザイン、美術に関する撮影や出版へと事業を展開していきました。文明開化によって世の中が大きく変わった時代。屋号にある「便利」という言葉には、新しい時代に生まれた様々な新規事業を一手に引き受け、従来にない文化的ビジネスを目指すという思いが込められています。色々な事業をする中で、当時、大流行していた絵葉書を扱うようになりました。今でいうインスタグラムのような存在だったんでしょうね。絵葉書を自社で生産するためにコロタイプの技術を習得し、明治38年に工房ができました。清水寺の最初の絵葉書を刷ったのは便利堂なんですよ。

コロタイプは、本来は写真のプリント技術です。コロタイプの発明以前に使われていたプリント技術には、色がすぐに抜けてしまうという課題がありました。そこで、顔料(インク)を使ってプリントする技法として発明されたのがコロタイプです。日本には明治の初期に精緻な写真印刷技術として伝わりました。ちょうどその頃、廃仏毀釈によって寺院の文化財の破壊や流出が相次ぎます。そこで、貴重な文化財を保護するために、政府が調査を開始しました。その活動に大きく貢献したのが、新しい近代的技術である写真撮影と印刷です。写真で文化財を記録し、広く共有するためにコロタイプで印刷物を作る取組が始まったのです。弊社もほどなく文化財の撮影を始めました。

閉ざしていては消えてしまう、業界をオープンに

── 歴史の中で、様々な役割を果たしてこられたんですね。21世紀に入り、コロタイプは現在どのような状況にあるのでしょうか?

2003年に、ドイツで第1回国際コロタイプ会議が開催されました。第2回は2005年にイギリスで行われ、我々も参加しました。便利堂としての最初の海外交流です。印象的だったのが、ドイツの職人の方が「この技術は企業秘密だから見せられない」と言ったんですよ。それに対して、「そんなことを言っていたらコロタイプを残せない。オープンな姿勢で知恵を出し合っていかないと」という意見が出たそうです。その通りですよね。昔はうちも、技術を真似されることを恐れて、工房には社外の人を入れないようにしていました。今は逆に、こうして皆さんに来ていただいて、知っていただくことに力を入れています。その後、参加していた数少ない工房も閉鎖され、コロタイプは日本にしか残っていない状況になりました。第3回国際コロタイプ会議を京都で開催したいというのが、我々にとって一つの目標になっています。

今の時代にコロタイプを続けていくためには、薬剤の開発が必要でした。以前は重クロム酸という有害な薬品を使っていたので、処理設備に多額の費用がかかる上に、従業員のからだにも負荷がかかっていました。10年ほど前、アメリカに重クロム酸を使わずに写真プリントをする人がいると聞いて、シアトルの工房に話を聞きに行って。そこから研究を重ねて人体に害のない薬剤の開発に成功したことで、一般の方向けのワークショップも積極的に広げていけるようになりました。


文化財から、再び写真へ

── 様々な課題を乗り越えてこられたんですね。山本さんも社長の鈴木さんも、発想力と行動力を兼ね備えていると感じます。

鈴木はアイデアマンですね。20年前の便利堂は文化財の複製が中心で、写真作品の仕事はしていなかったんです。しかし鈴木は、世界の人々にコロタイプの技術を再認識してもらうためには、今の時代のクリエイターに使いたいと思ってもらうことが重要だと考えました。そこでまず、原点にもどって写真家にアプローチすることにしました。現場の職人たちは戸惑っていましたけど、あの時に決断していなければ、事業を存続できていなかったかもしれません。

写真家の方にメールで連絡して一人ずつ訪問して、海外のイベントにブースを出して……地道に営業活動をしましたね。当時の社長を説得して、2005年にはニューヨークでコロタイプの写真展を開催することができました。国内外の写真作家に向けて行なっているHARIBAN AWARDは、10年前に鈴木の発案で始まりました。とりあえず10年は続けてみようと始めたHARIBAN AWARDが徐々に認知されるようになり、様々な国のアーティストが応募してくださるようになって。最近では、毎日のように海外の写真家や研究者の方が工房見学に来てくださいます。

── 原点に立ち返ることで、新しい価値を創造されたんですね。

デジタルプリントが当たり前になった今、写真家の方たちは、コロタイプを古い技術ではなく新しい表現方法として捉えてくださいます。若者にとっては、ポラロイドや使い捨てのフィルムカメラが新鮮でおもしろいんですよね。私たちは、インクジェットやオフセットの良い面も十分に理解しています。色々な価値観がある中で、自分の作品をコロタイプでプリントしたいと言ってくださる方がいることが嬉しい。何かをプリントする時に、そこにどんな意味合いがあるのかを考えて、適した方法を選べることが大事だと思います。最近では、出版社の集英社さんとマンガをコロタイプで1000年遺すプロジェクトも行っています。マンガも世界が認める日本文化の一つ。将来的には原画やコロタイプが文化財になる可能性もあると思います。

今、ギャラリーでは社員の写真展をやってるんですよ。職人だけでなく、営業や事務の社員も自分で撮影した写真をコロタイプで印刷します。これも社長の発案なんです。自分でやったことがないのにお客さんに勧められへんやろうと。社内向けの取組として、弊社独自の検定制度も作っています。便利堂の歴史や理念を問う試験があって、毎年実施して、社長自ら採点するんですよ。ランクが5つあるのですが、一番難しいランクは社内でも数名しか受けていません。

ユネスコの無形文化遺産登録を目指す

── 世界に向けての挑戦や組織づくりなど、色々なお話をありがとうございました。便利堂さんは、現在どのような未来を目指しておられますか?

大きな目標は、コロタイプが世界文化遺産に登録されることです。そのためにも、まずは国際コロタイプ会議の第3回を京都で開催したいですね。コロタイプは海外で生まれた技術なので、私たちがどれだけ事業を継続させても、京都の伝統産業に指定いただくことはできません。次の世代に残していくためには、私たちだけでなく世界の人々にコロタイプを文化遺産だと思っていただく必要があります。

私たちは、独自の技術を磨くことで、規模は小さくても世界的に認められる企業を目指しています。他の事業で収益を上げる努力もしながら、コロタイプという文化をしっかりと維持していきたい。コロタイプに使うインキはメーカーさんに手作業で調合していただいているのですが、その職人さんがこんなことをおっしゃっていました。多くの印刷物は短い期間でその役目を終える。でもコロタイプは永久に残るものだから、そのインキを作っていることを誇らしく思うと。これからもたくさんの方に支えていただきながら、コロタイプの価値を伝えていければと思います。

取材・文:石井 規雄 / 柴田 明(SILK)

■企業情報
株式会社便利堂
〒604-0093 京都市中京区新町通竹屋町下ル弁財天町302番地
電話:075-231-4351
URL|https://www.benrido.co.jp/


「これからの1000年を紡ぐ企業認定」第7回認定企業一覧

各社のインタビューを順番に進めていきます。お楽しみに。

株式会社Casie
Curelabo株式会社
株式会社きゅうべえ
株式会社便利堂
有限会社豊明
合同会社まいまい

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photo:山本 修
山本 修
株式会社便利堂 コロタイプ研究所 所長

1960年京都生まれ。便利堂コロタイプ研究所所長。1979年便利堂入社。以来44年間、コロタイプ印刷に携わる。正倉院文書、蒙古襲来絵詞、宮内庁花園院宸記、伊藤若冲・動植綵絵などの文化財複製を制作。森村泰昌 「フェルメール研究 画家のアトリエ」、植田正治ポートフォリオ「童暦」などの芸術写真のコロタイププリントも制作。日々コロタイププリントの表現の可能性を研究しており,コロタイプの裾野を広げる為のワークショップ活動も行っている。コロナ禍前にはフランス、中国、今秋にはワシントンでワークショップを行う。

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