SILKの研究
Jul 6.2023

生き方・働き方から問い直す、「Beyond Career」事業|王 智英|ウエダ本社

事務機の販売からスタートし、働く人の個性を活かすための「働く環境の総合商社」として事業の幅を広げているウエダ本社さん。職場環境のデザインや多様な働き方のノウハウを地域に持ち込み、まちづくりの領域でも新たな事業を手掛けています。そんなウエダ本社さんで、働き方にとどまらず、人々の生き方を問い直しながら新しい事業を始めているのが、いろどるチーム リーダーの 王 智英 さんです。地域や地域企業との新たな関わり方を提案する事業に込められた想いや、その背景にある考え方について、執筆いただきました。

生き方・働き方から問い直す、「Beyond Career」事業|王 智英|ウエダ本社

[目次]

1. 生き方・働き方から問い直す、「Beyond Career」事業
2. 「経営品質」という考え方との出会い
3. 共感を軸にした地域社会や人の可能性の発掘

生き方・働き方から問い直す、「Beyond Career」事業

個人と組織の新しい関係性を育むプラットフォームとして、生き方・働き方を提案する場となる「Beyond Career」事業。この事業はコロナ禍中の2020年3月にスタートしました。

「豊かな人生とは?」
「幸せとは何か?」
「どこでどんな風に生きていく?」

というそもそもの問いから生き方・働き方を見つめ直し、地域企業や地方へ関わる可能性を探っていく。そんなローカル・キャリア支援を行い、企業・大学・学生・求職者それぞれの想いを届け、繋げる事業です。

この事業は企業向け・大学向けの2軸で展開しています。

・企業向けの取組

企業に対しては、その企業がもつ事業や働き方のポテンシャルを深堀りし、独自の取組や働き方に焦点を当てた丁寧な記事制作を行います。また、異業種交流を通した学びの機会として、「スタディツアー」と称した企業訪問のコーディネートも行っています。スタディツアーは、自社の中だけでは気づくことが難しい課題を発見し、具体的施策にまで落とし込むための取組です。他社への訪問を通して、新たな視点を得ることを軸としています。自社にとっては当たり前の出来事が、異なる当たり前をもっている他社にとっては非日常になります。両社が学び合うことで、お互いにとって新たな発見や体験となるきっかけを提供しています。

訪問する側の企業は、ツアーの中で他社と交流することで、訪問前に捉えていた課題に対する打ち手が明確になります。一方で、受け入れる企業にとっても、質疑応答を通して新たな課題に気づく機会になるだけでなく、より本質的な課題の掘り起こしにつながることもあります。それぞれ大切な時間を使ってツアーに参加いただくので、どちらかの企業だけに肩入れするのではなく、双方の課題の特定と具体的施策にまでつなげることを意識して、コーディネートをしています。

・大学向けの取組

大学に対しては、「地域企業との新たな出会い」をテーマに、大学の就職課や教授、ゼミに対する出前授業を行っています。大学・学生にとっては今まで知らなかった、出会ったことのない企業であっても、その企業ならではの魅力を知る機会になります。また、Beyond Career登録企業にとっては、講師として学生に自社を紹介することで、学生の目に自社がどのように映っているのかを知り、企業のあり方や自社の魅力を見直す機会にもつながっています。

大学・学生に対しても企業に対しても、「新たな価値観に触れる」「視点を変える」「体感する」という3つの体感を価値提供として、事業を展開しています。

大学向けの活動の原点は、私自身が在学中に文化人類学を学んだことにあり、「人生は出会いで決まる」を信条に活動をしています。近年、文化人類学とビジネスの関係性に注目が集まっていますが、その本質はまだまだ知られていないように感じます。文化人類学は、各地域の文化・社会の仕組みを題材に、フィールドワークを通じてテーマへの問いを探求する学問です。文化人類学には、「異文化を通して自文化について改めて考える」、そして「自文化について考えたことから異文化を考える」という考え方があります。この思考は、ビジネスシーンでも大いに活かされると思っています。私たちはコンフォートゾーン(普段の居心地のよい場所や領域)を越えて、自分とは異なる価値観や基準をもっている異文化に自ら飛び込む人材を「Beyond 人材(越境人)」と呼んでいるのですが、自分自身や自社の可能性の幅を広げて新たな価値を生み出していくためにも、文化人類学的な思考は重要だと考えます。

「経営品質」という考え方との出会い

社会人1年目で「経営品質」という考え方と出会い、いい会社を目指すための指南書として、仕事の原点として日々立ち返る軸にしています。

1970年代、日本の製造分野は世界の中で確固たる地位を確立し、「JAPAN AS NO.1」と世界から称賛されていた時代がありました。一方、その頃のアメリカでは、ロナルド・レーガン大統領政権のもと、商務長官であったマルコム・ボルドリッジが日本の成功要因を研究し、国家戦略としてアメリカ産業界への導入を進めました。そして、国をあげての産業競争力向上プログラムとして、1988年に「マルコム・ボルドリッジ賞」が誕生。日本では1995年に「日本経営品質賞」が制定されましたが、1990年代に日本経済は低迷。その間にアメリカは産業競争力を高めていきました。このアメリカ復活の根底には、日本文化があると私は考えます。

では、「経営品質(クオリティ・オブ・マネジメント)」とは何か。それは「経営を顧客本位で考える」ことであり、顧客が企業価値を評価し、「顧客満足度(CS=カスタマー・サティスファクション)」を高めることを重視する考え方です。経営品質を高めるには、企業としての総合力が重要であり、顧客が抱える潜在的な課題をどう捉え、その解決のために自社の人財をどう活かすか、そのための仕組みを構築すること。この総合力こそが、顧客からみた価値であり、顧客が支払う価格の判断基準になります。

総合力の強化を実現するためには、理念やビジョンから導き出される「理想の組織・あり方」を組織内で共有・浸透することが重要です。高品質な商品・サービスを提供するために必要な事業や設備(場・ハード)だけでなく、それを可能にする経営体制(風土・ソフト)もあわせて構築していくことが「経営品質」なのです。いくら事業や設備などのハード面を整えても、それらを支える風土や体制などのソフト面がなくては、その価値を最大限に発揮することはできません。

「経営品質」の向上は、持続可能な経営の実現につながります。長期的な視点で、社員とともに社内風土を醸成するための第一歩を踏み出すことが、経営者にとって何より大事になってきます。経営者が自ら実践することで、こういった考え方が社員にも浸透しきます。また、社員の成長意欲がなくては、経営品質の向上は難しいと考えています。社員側も受け身でいるのではなく、主体的な成長意欲をもっていることが重要です。

共感を軸にした地域社会や人の可能性の発掘

長期的な視点で人材や社内風土を醸成することを大事にする「経営品質」の考え方をきっかけに、気づいたことがあります。地域に根ざして事業を行う地域企業の中にも、面白い人材や社内風土をもっているのに、自分たちではなかなか言語化できていない企業が多く存在していました。一方で、京都で学んだ学生たちが地域企業の良さに出会わないまま府外・市外に就職していく現状があります。こうした状況を受けて、私は地域企業の魅力を引き出し、学生を含む多くの人に伝えていきたいと考えるようになりました。

そんな思いから立ち上げたのが、個人と組織の新しい関係性を育むプラットフォームとして働き方・生き方を提案する場として「Beyond Career」です。この事業では、様々な生き方・働き方を実践する会社と実践者たちと共に、これまで知らなかった・出会えなかった人や会社、地域との出会いを創造し、関係人口創出・拡大の伴走支援を取り組みます。

私は、この活動が地域社会の豊かさにつながると信じています。そのためには、組織や事業の枠組みを超えて協働し、お互いの強み・弱みをさらけ出し活かし合える関係性を築くことが重要です。様々なコミュニティ同士が化学反応を起こし、地域社会や人の可能性を高める機会を増やすために、「共感」を軸に事業を展開することにしました。

「Beyond Career」事業で実際に起きた、ある家具製造販売会社さんの事例をご紹介します。その会社は採用に苦戦する一方で、社内の高齢化が進み、技術継承を問題視されていました。そんな中、私たちの記事をキッカケに、東京の大学院に通っていた建築学科の留学生がその会社を知ってくれました。家具職人への興味関心が強かったことと、東京での生活から抜け出して色々な地域に住みながら働きたいという気持ちが重なり、「ここで働きたい」という想いが芽生えたのです。全く知らない土地への移住を決意し、入社を決めてくれました。

また、ある工務店さんは採用の取組を過去に一切してこなかったのですが、記事の方向性について打ち合わせをしている際に、女性の働く比率が同業他社よりも高いことがわかりました。そこから女性が働きやすい会社・組織づくりに注力をされた結果、1年間で新たに6名の人財が入社したケースもありました。

「Beyond Career」は、働く人にとってはここで働きたいと強く思える会社と出会える場であり、地域企業にとっても新しい仲間と出会うための場になっています。このように、私たちの事業が、地域企業の世の中に知られていない魅力の発信に役立っていることを実感すると、本当にやっていて良かったと感じます。

働く人と地域企業、両者の想いが深くつながる機会さえあれば、お互いが成長した先に、それぞれの未来の可能性がさらに高まっていくと信じています。人生は一度きり。これまで出会ってきた方々、これから歩んでいく人生の中で出会う方々とともに、豊かな働く場と新たな社会の創造をしていきたいと思っています。


 


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photo:王 智英
王 智英
株式会社ウエダ本社 いろどるチーム リーダー

1988年 京都市生まれ。2011年4月に現職ウエダ本社入社。2022年より京都府与謝野町に移住、現在2拠点生活で企業・地域に向けた活動を行う。ビジネス現場・地域をフィールドとし、働き方・あり方をテーマにワークショップの企画運営を行う。
「人生の殆どの時間を費やす仕事・職場環境を豊かにし、働く人々をイキイキとさせることにより社会に貢献していく」というビジョンを掲げ、一人ひとりが「何のために働くのか」「内発的動機を高める力」「気づきを生み出す力」を最大限に発揮させる場づくりを行う。

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