SILKの研究
Sep 1.2020

社会を豊かにする価値観とは。幸福と社会貢献の関係性│内田 由紀子│連続インタビュー「価値観と関係性が紡ぎ続ける経済圏」

京都のまちと地域企業のあり方を紐解くインタビュー企画「価値観と関係性が紡ぎ続ける経済圏」。研究者3名と経営者3名に、1000年を超える京都の歴史と未来への姿勢について、お話を伺いました。第3回は、京都大学こころの未来研究センター教授 内田 由紀子先生に「社会を豊かにする価値観とは」というテーマでお話しいただきます。

モデレーター:一般社団法人リリース 桜井 肖典さん

社会を豊かにする価値観とは。幸福と社会貢献の関係性│内田 由紀子│連続インタビュー「価値観と関係性が紡ぎ続ける経済圏」

[目次]
1. 信頼関係や人と人とのつながりが、資本になる
2. 転換期にこそ、大きなビジョンが必要
3. 社会貢献を幸福と感じる力
4. さいごに

1. 信頼関係や人と人とのつながりが、資本になる

──内田先生は幸福について研究される中で、人と人をつなぐ「つなぎ手」の役割に注目されていますよね。今の社会は、効率化のために人間関係の形成がないがしろにされているように感じます。関係性の構築には時間と手間がかかるので、地域の中でもバランスが難しいのではないでしょうか。

心理学の分野では、ここ数十年で幸福の研究がずいぶん進みました。特に盛んなのは、お金と幸せの関係についての研究ですね。幸せを感じるには、やはり一定の経済水準を満たすことが必要だとされています。ある程度の生活が保障されると、次に必要とされるのが社会性です。まず「人からの承認」、その次に「社会貢献」が続きます。

地域社会についての調査を進める中で、ある公民館と出会いました。寂れてしまった公民館も多い中で、そこには常に人が集まり、集まった人のアイデアを実現する土壌ができていたんです。人を常駐させるには確かにコストがかかりますが、つなぎ手となる人が1人か2人いるだけでも十分です。少しのコストで大きく広げることができるので、人が集まる場所ではつなぎ手にこそ、投資する価値があると思います。

私がつなぎ手に注目するようになったのは、農業の普及指導員さんがきっかけでした。日本の農業社会には、用水路や収穫のお祭りなど、地域の人が皆で意思決定しなければいけないことが多くあります。土地と結びついているので、トラブルがあっても逃げられないし、習慣やルールを変えるのが難しいんですよ。そこで重要な役目を担うのが、普及指導員として地域に入る都道府県の職員です。彼らは農家さんを訪問して、お茶を飲みながら色々な話を聞いてまわります。自然と皆の思いを知ることになり、必要だと感じたタイミングで集会を企画したりするんです。ご本人は意識していなくとも、つなぎ手として変化のきっかけを生んでいます。

──新しい形のリーダーシップですね。今お話しいただいたような動きが「社会関係資本」のひとつの形だと思うのですが、社会関係資本は経済資本と違って数値化が難しいですよね。どうやって見える化するのでしょうか?

その問いは、研究者によって答えが異なるかもしれません。私は、「内部の人同士の信頼関係」と「つながりを外部へと拡大する力」の測定を試みています。

内部の信頼関係がある組織の特徴は、意思決定が何に基づいてなされているか、つまり「なぜそうなったか」を、メンバー皆が理解できることです。企業理念などの価値観が共有されていると、個々の意思決定の背景が見えるようになるんです。

その信頼関係を外に広げていくためには、組織がオープンであることが大切です。外部の人と関わると、意見が合わないことも当然ありますよね。そこで閉じてしまわずに、好奇心を持って話を聞いてみる姿勢があるかどうか。これは日本の企業や地域にとっては難しい課題ですが、転職者や移住者にとって居心地のいい環境を想像していただくとわかりやすいと思います。組織がオープンになると、メンバーが色んな人と知り合ってコミュニケーションが上手くなり、信頼関係の広がりが加速するという好循環が生まれます。

2. 転換期にこそ、大きなビジョンが必要

──内田先生の研究資料を拝見する中で、「シェアド・リアリティ」という言葉が印象的でした。この言葉について教えていただけますか?

「シェアド・リアリティ」は「価値観の共有」と言い換えることができます。ここでいう価値観とは、たとえば苦境をどう乗り越えたかという話や創業ストーリーのような物語を指しています。物語を他者と共有すると、自分の行動が誰かに影響を与えるという感覚を持ちやすくなるんです。研究の中で、こうした心の動きを「相互依存性への気づき」と呼ぶことにしました。相互依存の中で生きているという認識が、皆のためにがんばろうという貢献意識のドライブになるのではないかと考えています。

貢献意識を育てるのは、簡単ではありません。家族のために獲物をわけるなどの身近な貢献は生存戦略としてもわかりやすいのですが、「地球のためにゴミを減らす」のようなスケールの大きい話になると、判断が難しくなります。今までの社会は主に罰を用いて仕組みを作ってきたのですが、今後は違う方法で意識を高める方法を探っていきたいですね。「価値観の共有」や「相互依存性への気づき」が、そのヒントになるのではないかと考えています。

──世の中には、常識や社会通念のような大きな枠組みの中で共有されている価値観もたくさんありますよね。こうした価値観の変化は、どのように起こるのでしょうか。

文化心理学では、社会の中で共有されている価値観が私たちの心にどう影響し、どんな社会システムを作り出しているのかを考えます。長い年月をかけて培われてきた社会通念を変えるのはかなり難しいですが、今の新型コロナウイルス感染症の流行は、転換点になり得ます。ここで良い物語を描くことができれば、人々の行動を変えることができます。今の社会を見ていると、その兆候はあるように感じますね。

ただ、人はどうしても便利な方、楽な方に流れてしまうので、こんな時こそ気をつけなければいけません。マイナス思考になって、リスクを避けることばかり考え始めると、安直な意思決定が増えてしまいます。目先の問題への対処に留まらず、時間軸、空間軸ともにいつもより広いスケールでビジョンを描くことが大事です。根本にある理由が変わらなければ、また同じような問題が発生してしまうので。また、大きなビジョンが変われば、そもそもの判断基準が変わる可能性だってありますよね。

3. 社会貢献を幸福と感じる力

──『これからの幸福について:文化的幸福観のすすめ』では「幸福を感じる力」が大切だと書かれていますよね。この力はどのように育まれるのでしょうか。

人は、社会に何らかの貢献をすることを幸福と感じることができます。しかし、自分が過去や社会からの恩恵を受けている実感がないと、感度が鈍ってしまいます。たとえば、一杯のコーヒーを500円で買ったとしましょう。そのコーヒーが手元に届くまでには、たくさんの人の手を経ています。自然の恵みがなくては原料は育ちませんし、加工には何世代にも渡る先人たちの知恵と技術が活きています。このような背景を想像して感謝する感覚が、薄れてきていると思います。

一つの要因は貨幣主義ですよね。お金が間に入ることで、ただ自分が稼いだ500円を支払ったという事実だけが残って、次は700円出せばもっと美味しいコーヒーが飲めるはずだという勘違いが起こってしまいます。これでは幸福を感じているとは言えません。昔の人は、さまざまな恩恵を受けて生きていることへの感謝の気持ちがもっと強かったのではないでしょうか。

4. さいごに

──先ほどのお話を聞いて、京都の人は今でも、時間や空間を超えた相互依存の中で生きている感覚が強いように感じました。

京都は本当に恵まれていますよね。まちの中に多様な人がいて、人の関係性をベースに商売が成り立つ様子や、持ちつ持たれつのやりとりがよく見えます。広い視点を持って動く人が増えると、小さな価値観の共有が重なって、周りの人々の行動も変わっていきます。京都から新しい価値を発信することで、社会に新しい物語が広がっていくことを期待しています。

文:柴田明(SILK)


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photo:内田 由紀子
内田 由紀子
京都大学 こころの未来研究センター教授

専門は文化心理学・社会心理学。京都大学教育学部卒、人間・環境学研究科博士課程修了。ミシガン大学、スタンフォード大学客員研究員、甲子園大学専任講師、京都大学こころの未来研究センター助教、准教授を経て、2019年より現職。近著に『これからの幸福について:文化的幸福観のすすめ』(新曜社)。

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